声の大きいひとりごと

全ては私の愛ゆえの独断と偏見。

分をわきまえるということ

みーんな卒業旅行行っとる!行ってへんのお前だけ!状態なインスタグラムを流し見している。


羨ましいとも思わないしそういう自分を恥ずかしいとも思わなくなった。


同じ世界で生きていると思うから劣等感が生まれる。


私は私の財政と、環境と、価値観の中でやれることをやればいいんだと思う。


あなたに出来ること

わたしに出来ること

あなたに見えるもの

わたしに見えるもの


まあそんな感じ。


私はヨーロッパ旅行より日本でちょっといいご飯が食べたいし、ブランド物の財布より海外サプリがほしい。


PRADAの財布も、グッチの鞄もサンローランの靴も、高級フレンチも、手が届かないけど。


手が届かないものを欲しいと強請るより、

手が届く範囲の幸せを享受するのだ。


不相応なことをすると結局心が削られる気がする。


自慢もマウントも受け流して、分を弁えて身分相応に生きていく。


これは向上心がないとか、無気力とか、野心が無いとか、そういうのとは全く違うので。


わからない人はサヨナラ。